過去の婚姻費用

婚姻費用・養育費

1 はじめに-婚姻費用とは

そもそも,婚姻費用とは,婚姻家族(夫婦とその間の未成熟子)の共同生活を維持するのに通常必要となる費用のことであり,衣食住の費用,医療費,子の養育費・教育費など夫婦間で分担すべき家族の生活費のことをいいます。

この婚姻費用は,夫婦間,そして,親と未成熟子という最も緊密な親族関係であることに基づく生活保持義務を根拠として認められるものですので,婚姻関係が破綻し,夫婦が別居するに至った場合であっても,法律上,原則として,別居から離婚に至るまでの間,収入の少ない方から収入の多い方に対して,婚姻費用の支払を請求することができます(以下,婚姻費用を支払う側を「義務者」,婚姻費用を受ける側を「権利者」といいます。)。

しかしながら,婚姻関係が破綻し,夫婦が別居するに至った場合,義務者から権利者に対する婚姻費用の支払が止められてしまうというケースは実際上頻繁に存在します。

そこで,本稿においては,義務者が別居以降婚姻費用の支払いを止めたというようなケースにおいて,権利者は,義務者に対して,過去分の婚姻費用について,遡って支払いを求めることができるのかという点について,解説させていただきます。

2 婚姻費用の始期

過去分の婚姻費用については,最高裁において,「家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当り,過去に遡つて,その額を形成決定することが許されない理由はな」いと判示されている通り,過去分の婚姻費用を請求することができることは判例上も認められております(最決昭和40年6月30日民集19・4・1114)。

もっとも,いつの時点まで遡って過去分の婚姻費用を請求できるのかという点については,裁判例・学説上も見解が分かれており,①別居時など婚姻費用の分担の必要が生じたときとする見解,②調停申立時等の婚姻費用の支払いを請求したときとする見解,③離婚したときとする見解などの諸説があります。

実務上は,過去分の婚姻費用について,婚姻費用についての調停又は審判申立時を基準として,権利者から義務者に対する婚姻費用の請求が認められる審判例が多く存在する一方で,権利者から義務者に対して,内容証明郵便等により,明確に婚姻費用の請求がなされているケースにおいては,かかる請求がなされた時点を基準として,婚姻費用の請求が認められておりますので(東京家審平成27年8月13日判タ1431・248等),②の見解に近い処理がなされているということができると思われます。

したがって,婚姻費用の支払いを求める権利者としては,義務者からの婚姻費用の支払がなくなった場合には,早期に,内容証明郵便等をもって義務者に対して婚姻費用の請求を行う,あるいは,婚姻費用の請求を求める調停又は審判の申立てを実施するといった対応を取るべきかと思われます。

3 過去分の婚姻費用

もっとも,調停又は審判申立時より以前の過去分の婚姻費用について,一切支払が認められないというわけではありません。

判例上,「離婚訴訟において裁判所が財産分与の額及び方法を定めるについては当事者双方の一切の事情を考慮すべきものである」ところ,「婚姻継続中における過去の婚姻費用の分担の態様は右事情のひとつにほかならないから,裁判所は,当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができる」(最判昭和53年11月14日民集32・8・1529)と判示されている通り,実務上,過去の婚姻費用の不払い部分については,財産分与の手続の中で清算されることとなります。

弁護士: 野田俊之