財産分与に係る給付命令としての不動産の明渡命令

財産分与

1 問題の所在

 Y名義の自宅をXに分与することになったが、Yが当該自宅に居住しているような場合、家庭裁判所は、家事事件手続法154条2項4号又は人事訴訟法32条2項に基づき、Yに対し、Xへの当該自宅の明渡しを命じる内容の給付命令を発令することが可能です。
 それでは、X名義の自宅をYに分与「しない」ことになったが、Yが当該自宅に居住しているような場合、家庭裁判所は上記のような命令を発令することが可能でしょうか。
 

2 最決令和2年8月6日(民集74巻5号1529頁)

 最決令和2年8月6日の原審(東京高決令和元年6月28日民集74巻5号1545頁)は、以下のとおり、従前の家裁実務に従い、家庭裁判所が現物分与の対象としなかった不動産について明渡命令を発令することは不可能である旨判断しました。

「本件建物には抗告人が居住していて,相手方は,抗告人に対し,本件建物の明け渡しを求めるところ,上記のとおり,本件不動産は相手方の名義で,相手方に分与される財産であること,その場合,自己の所有建物について,占有者に対して明渡しを求める請求は民事訴訟ですべきものであって,これを家事審判手続で行うことはできないといわざるを得ない。」

 しかしながら、最決令和2年8月6日は、以下のとおり、家庭裁判所が現物分与の対象としなかった不動産について明渡命令を発令することは可能である旨判断しました。

 「財産分与の審判において,家庭裁判所は,当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して,分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定めることとされている(民法768条3項)。もっとも,財産分与の審判がこれらの事項を定めるものにとどまるとすると,当事者は,財産分与の審判の内容に沿った権利関係を実現するため,審判後に改めて給付を求める訴えを提起する等の手続をとらなければならないこととなる。
 そこで,家事事件手続法154条2項4号は,このような迂遠な手続を避け,財産分与の審判を実効的なものとする趣旨から,家庭裁判所は,財産分与の審判において,当事者に対し,上記権利関係を実現するために必要な給付を命ずることができることとしたものと解される。そして,同号は,財産分与の審判の内容と当該審判において命ずることができる給付との関係について特段の限定をしていないところ,家庭裁判所は,財産分与の審判において,当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の財産につき,他方当事者に分与する場合はもとより,分与しないものと判断した場合であっても,その判断に沿った権利関係を実現するため,必要な給付を命ずることができると解することが上記の趣旨にかなうというべきである。
 そうすると,家庭裁判所は,財産分与の審判において,当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の不動産であって他方当事者が占有するものにつき,当該他方当事者に分与しないものと判断した場合,その判断に沿った権利関係を実現するため必要と認めるときは,家事事件手続法154条2項4号に基づき,当該他方当事者に対し,当該一方当事者にこれを明け渡すよう命ずることができると解するのが相当である。」

 「その判断に沿った権利関係を実現するため」に該当するか否かについては、裁判例の集積がないものの、個別具体的な事情を考慮の上決定されるものと思われます。

3 終わりに

 財産分与対象財産に自宅が含まれる場合の財産分与については、検討すべき事項が多いので、弁護士にご相談いただければと存じます。

〇参考条文
家事事件手続法
第百五十四条 家庭裁判所は、夫婦間の協力扶助に関する処分の審判において、扶助の程度若しくは方法を定め、又はこれを変更することができる。
2 家庭裁判所は、次に掲げる審判において、当事者(第二号の審判にあっては、夫又は妻)に対し、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずることができる。
一 夫婦間の協力扶助に関する処分の審判
二 夫婦財産契約による財産の管理者の変更等の審判
三 婚姻費用の分担に関する処分の審判
四 財産の分与に関する処分の審判
3 略
4 略
人事訴訟法
第三十二条 裁判所は、申立てにより、夫婦の一方が他の一方に対して提起した婚姻の取消し又は離婚の訴えに係る請求を認容する判決において、子の監護者の指定その他の子の監護に関する処分、財産の分与に関する処分又は厚生年金保険法(昭和二十九年法律第百十五号)第七十八条の二第二項の規定による処分(以下「附帯処分」と総称する。)についての裁判をしなければならない。
2 前項の場合においては、裁判所は、同項の判決において、当事者に対し、子の引渡し又は金銭の支払その他の財産上の給付その他の給付を命ずることができる。
3 略
4 略

弁護士: 林村 涼