精神病を患っている配偶者との離婚

離婚の可否・不貞慰謝料等

1 はじめに

 本コラムでは、精神病を患っている配偶者との離婚についてご説明いたします。

2 配偶者が意思能力を欠く場合の手続きについて

 離婚調停の申立ては不要であること、離婚訴訟において、特別代理人の選任申立てはできず、離婚訴訟提起に先立ち、成年後見開始審判を申し立てるべきであることはコラム「意思能力を欠く配偶者との離婚」でご説明したとおりです。

3 離婚原因

 コラム「相当期間の別居と離婚原因」でご説明したとおり、相手方が離婚について同意する場合を除き、法律が定める離婚原因が存在しなければ離婚は認められません。そして、法律が定める離婚原因は以下の5つです(民法770条1項)。
 一 配偶者に不貞な行為があったとき。
 二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
 三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
 四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
 五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
 そして、配偶者が精神病を患っており、その症状が強度で、かつ回復の見込みがない場合は、4号に該当し、離婚事由が認められます。

4 具体的方途論による裁量棄却の可能性

 民法770条2項は、「裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。」と規定しています(これを裁量棄却といいます。)。
 そして、精神病を患った配偶者に対して離婚を求めた事案において、最判昭和33年7月25日(民集12巻12号1823頁)は、以下のとおり、いわゆる具体的方途論を展開し、770条2項によって離婚請求を棄却しました。
「同条(※コラム執筆者注:民法七七〇条)二項は、右の事由があるときでも裁判所は一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは離婚の請求を棄却することができる旨を規定しているのであつて、民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかつた一事をもつて直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきでなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途にその方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである。」
 このように、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがない」ことをもって離婚を請求する場合は、具体的方途を講じ、その方途の見込みがつかなければ、請求が棄却されます。

5 「婚姻を継続し難い重大な事由」と具体的方途

 前述の裁量棄却について規定している770条2項は、770条1項5号についてはその対象から除外しています。
 そこで、配偶者が精神病に離婚している事実をもって「婚姻を継続し難い重大な事由」が存在する旨主張すれば、具体的方途を講じなくても離婚請求は認容されるでしょうか。
 770条1項4号の離婚原因のみを主張していた離婚請求者が、同項5号の離婚原因についても主張しているものと解すべきであると主張した事案において、最判昭和36年4月25日(民集15巻4号891頁)は、「民法七七〇条一項四号所定の離婚原因が婚姻を継続し難い重大な事由のひとつであるからといつて、右離婚原因を主張して離婚の訴を提起した被上告人は、反対の事情のないかぎり同条項五号所定の離婚原因あることをも主張するものと解することは許されない。」とした上で、「まず被上告人が本訴において民法七七〇条一項四号のほか同条項五号の離婚原因をも主張するものであるかどうかを明確にし、もし右五号の離婚原因をも主張するものであれば、上告人の入院を要すべき見込期間、被上告人の財産状態及び家庭環境を改善する方策の有無など諸般の事情につき更に一層詳細な審理を遂げた上、右主張の当否を判断すべきであつたのである。」と判示しました。
 このように、同裁判例は、具体的方途という文言こそ用いていないものの、配偶者が強度の精神病に罹患してその回復の見込みがない事実をもって「婚姻を継続し難い重大な事由」が存在する旨主張したとしても、具体的方途を講じる必要がある旨示唆しています。
 しかしながら、770条1項5号の離婚原因は裁量棄却の対象でないことから、どの条文のどの要件との関係で具体的方途論を持ち出すことになるのかは明らかでなく、この点に関する最高裁判例も見当たりません。
 いずれにしても、4号の離婚原因について主張する際は、5号の離婚原因についても併せて主張すべきと考えます。

弁護士: 林村 涼